龍馬伝

今夜のは夕べのを見ただけに
とっても悲しかった。


龍馬伝には少し笑いの要素が足りないのでは、と
言われているようです。
私もそんなことを少し頭の片隅において
見ることが多くなりました。
最近思うこと。
笑いという要素を意識して入れることを敢えてしていないのではないか。
「生きる」ということに必死であること。
そのことだけのドラマにしているのではないか。
必死に誰かを想うこと。
必死にご飯を食べること。
必死に不甲斐ない自分と向かい合うこと。
必死にどうしようもない自分の環境とたたかうこと。
必死に毎日を過ごすうちにこぼれる笑い(あれば)を
待っているのではないのでしょうか。
龍馬に、そしてその時代の人たちの笑顔は
さて、どういうものなのでしょうか。
私たちは笑いさえも贅沢な生活をしているのかもしれません。
(それとも貧粗か?)