心月供静

mou22005-09-18

昨日のお茶では盆点を2回連続で行なう。
2回しなければならないほど、
全く出来なかったからだ。
揉み手、半分脱がせて、盆を清めて、象牙茶杓
基本的に覚えられないのだわさ。
覚える気がないのかというとそうでもない。
それなりに、がんばっているんだよ〜。


お茶には無駄がないと思って
これほどのシンプルな動きの中で
相手を思いやり、相手と心を通い合うというのは
何という世界なんだろうかと思っていた。
でも昨日思ったのは、
お茶そのもの、これほどの無駄なものはない。
でも、この無駄を無駄だと切り捨ててしまっては
この社会は終わりを迎えるばかりだということ。
人の命だって無駄なものはなく、
高齢になったら、会社では不要だと切り捨てるのが
日常になりつつあるみたいだけども、
点前は無駄なようで無駄なものはなく、
全てが繋がっているから、必要なものとなる。
だからシンプルだと感じて、全てが無駄にも感じるのだ。
この話はこれで終わり。
昨日は中学生の点前を見ながらふと、
こんなこと考えたもんだから、書いとく。


今夜の月は流石に美しい。
ちょっと泣けたけど、魚クンにメールも送らずに済んでいる。
誰のせいでもないと思うのだけども、
やっぱりこういう状態であることを受け入れるのは
私にはつらくて、でも、まだ戻れないとも思う。
好きかどうか分からないというのは、
私が魚クンに対しての気持ちでもあるのかもしれない。
お互い、いろいろ考えさせられるね。
もう、お互いいっぱい苦しんだんじゃないかな。
これ以上苦しまなくてもいいんじゃないかな。
お互い、優しく思いやることは出来ないのかな。
魚クンに優しく出来ますように。

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